2026年10月14日、元総務相・経済財政担当相の竹中平蔵氏(慶應義塾大学名誉教授)が自身のXとYouTubeチャンネル「竹中平蔵の平ちゃんねる」で、「最後はお金で解雇できる仕組み『金銭解雇ルール』を作れ」と訴えた。
竹中氏は、現在の厳しい解雇規制を「労働力が余り経済成長が続いていた時代の判例に基づく時代遅れの遺物」と位置づけ、人手不足や関税・地政学リスクに直面する今、企業が生き残るためには見直しが必要だと主張した。特に「十分に仕事をせずとも解雇されない」と高を括る層を手厚く保護する現状が生産性を阻害していると指摘し、職務を明確にして成果に応じて報いる仕組みこそが活力を生むと強調。反対する勢力を「既得権益者」と批判し、上の世代の正社員保護が若者の就職難を招いてきたとも述べている。
日本の解雇規制の実態
日本の解雇規制の根幹は、1975年の最高裁判例で確立された解雇権濫用法理にあり、労働契約法第16条で「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない解雇は無効」と明文化されている。一方、「金銭解雇ルール」に相当する解雇無効時の金銭救済制度は、まだ法制化されておらず、厚生労働省が2026年に有識者検討会を設置して議論を再開した段階だ。
「働かない社員」を問題の中心に据える違和感
竹中氏の主張で最も違和感を覚えるのは、「働かない正社員を保護する異常」という捉え方そのものだ。日本人は世界的に見ても勤勉で、与えられた仕事に責任を持って取り組む人が大多数である。組織の生産性低下を「十分に仕事をしない層」のせいだと一面的に断じ、そこを金銭で切り捨てる仕組みを最優先に語る姿勢は、実際の職場実態と乖離している。
成果主義や職務の明確化が重要なのは確かだが、問題の本質を「怠ける社員の保護」に帰着させる議論は、長年真面目に働いてきた労働者全体への不信感を煽りかねない。むしろ、企業側のマネジメント不足や評価制度の不備、業務の属人化といった構造的な問題を棚上げにしたまま、「金で解雇できる」ルールを先行させるのは本末転倒だろう。
労働力流動化の「成功」が生んだ格差
竹中氏が労働市場の流動性を高めたいと考えているのは理解できる。しかし、過去の労働市場改革がどのような結果を招いたかを直視する必要がある。派遣労働の拡大は、確かに企業の雇用調整を容易にし、労働力の流動性を高めた。一方で、その副作用として若年層の非正規雇用が定着し、賃金格差が拡大、将来設計が立てにくい「貧しい若者」を増やしてきた。
金銭解雇ルールも、同様の道を歩む懸念がある。企業が「金を払えば辞めさせられる」と安易に考えるようになれば、特に若手や中堅の優秀な人材までもが流動化の名の下に不安定な立場に置かれ、結果として正社員の質が低下し、若者の経済的困窮がさらに進む恐れがある。流動性の向上は目的ではなく手段であり、その先に「皆が働きやすい社会」があるかどうかは、過去の教訓を踏まえた慎重な制度設計が必要だ。
厚生労働省の検討会では、労働者側の選択肢を増やす方向で議論が進む見通しだが、竹中氏のような「働かない層を排除する」という強いメッセージが先行すると、議論の本質が歪められかねない。日本人の勤勉さを前提に、生産性向上と雇用の安定を両立させる道筋をこそ、冷静に議論すべき時だろう。


人気記事