9月1日は防災の日だ。政府は初めて、日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震を想定した総合防災訓練を実施した。想定は午前7時、北海道十勝沖を震源とするマグニチュード8.3の地震。北海道日高地方東部で最大震度7、青森県東通村で震度6強、北海道から関東にかけて津波が到達する——という設定である。訓練中、北海道の鈴木直道知事は津波9メートル、道路寸断、孤立集落の発生を報告し、自衛隊派遣と物資支援を求めた。
なお、内閣府が2021年に示した被害想定では、同海域でマグニチュード9クラスが起きた場合、津波は最大約30メートル、死者は日本海溝側で最大約19万9000人、千島海溝側で約10万人に達しうるとされる。これは当日のM8.3訓練想定ではなく、冬の深夜などで避難が遅れた場合を含む最悪ケースの推計である。
高市早苗首相は本部長として首相官邸で緊急災害対策本部会議を開き、テレビ会議で鈴木知事、青森県の宮下宗一郎知事、釧路市長らから被害状況の報告を受けた。青森県にとって、政府主催の総合防災訓練への参加は今回が初めてだった。宮下知事は「昨今は政府にプッシュ型支援をしてもらうことが大規模災害では慣例になっている。そうした観点からいくとコミュニケーションが非常に大事」「非常に意義のある訓練」と述べた。
これに先立ち、首都直下地震を想定し、高市首相と閣僚は防災服姿で首相公邸から徒歩で官邸へ参集した。会議後、首相は神奈川県厚木市へ移動し、1都3県と5政令市による9都県市合同防災訓練を視察。AED(自動体外式除細動器)を用いた心肺蘇生法訓練などを体験した。
官邸の本部会議で高市首相が発した言葉は、次のようなものだった。
被災された方々のためにできることは全てやるとの決意で、現場のニーズや課題を的確に把握し、各府省庁が緊密に連携しながら迅速に対処してほしい
未曽有の大災害に総力を挙げて取り組む必要がある
人命第一の方針のもと、被災者の救助や避難の支援に全力を尽くす
模擬記者会見では「被害状況についての悪質な虚偽情報の流布は決して許されない。厳に慎んでいただくようお願いする」と呼びかけた。「できることはすべてやる」「総力を挙げて」「全力を尽くす」といった言い回しは、熊本地震対応など過去の災害対応でも繰り返し使われてきた政権の常套句である。
訓練そのものを否定する必要はない。巨大地震の想定を初めて日本海溝・千島海溝に置いたこと、青森県が国の訓練に初めて参加したこと、AEDまで含めた現場確認は、形式としては前進に見える。防災庁設置法は成立済みで、政府は2026年11月の発足を目指している。
問題は、言葉の厚みと、国民に渡される情報の厚みが一致しているかどうかだ。コロナ禍以降、健康被害の実数、救済認定、判断根拠、国際機関や企業との関係は、公式発表が後追いになり、独立系の発信が先に広がる構図が続いてきた。防災も同じ穴を踏みやすい。最悪想定で死者19万人超という数字を掲げるなら、避難路の現状、冬季孤立、医療・エネルギー・通信の途絶、プッシュ型支援の実際の到着時間、過去災害で何が届かなかったかまで、同じ熱量で出す必要がある。
「できることはすべてやる」は決意表明としては強い。だが非常時に最も危険なのは、決意の映像だけが先行し、数字と責任の所在が後回しになることだ。虚偽情報を戒めるなら、まず政府自身が一次情報を隠さず出すことが条件になる。訓練の映像を流すだけでなく、未解決の課題と過去の不足を同じ日に公開できるか。防災の日に本当に問われるのは、そこである。

人気記事