北海道ニセコ、外国資本がもたらす活況と軋轢、地域社会が直面する新たな現実

社会
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北海道の国際的リゾート地、ニセコ。パウダースノーを求めて世界中から人々が集まるこの地は今、外国資本、特にアジアからの投資によって、かつてないほどの急速な変貌を遂げている。建設ラッシュが続き、地価上昇率は全国トップクラスを記録。エリアの中心地である倶知安町では外国人住民が4000人を超え、中でも中国人住民の数は過去最多となった。しかし、その輝かしい経済発展の陰で、地域社会との間には深刻な軋轢が生じ始めている。本稿では、この活況と軋轢の二面性を深く掘り下げ、ニセコという一つの地域をレンズとして、経済発展と地域社会の調和という、現代日本が直面する普遍的な課題を考察する。

投資の新たな波:欧米から中国資本へ

ニセコにおける外国人投資の潮流は、近年、大きな転換点を迎えた。かつて市場を牽引していた欧米の富裕層に代わり、今や中国を中心とするアジア資本がその主役となりつつある。この投資家層の変化は、開発のスピードと規模を加速させ、地域に新たなダイナミズムと課題の両方をもたらしている。ニセコの不動産市場における変化は、以下の点で顕著に現れている。

• 購入者の変化: これまで購入者の大半を占めていたのは欧米からの来訪者だったが、不動産会社の証言によれば、ここ3年で中国系の顧客との取引が倍以上に増加しているという。

• 投資規模: 中国人投資家の多くは、3億から5億円規模の別荘を建設するケースが一般的であり、その投資意欲は非常に旺盛である。

• 市場認識: 世界の主要なスキーリゾート市場と比較すると、ニセコの不動産価格は依然として「ものすごく安い」と認識されており、これが強力な投資インセンティブとなっている。

彼らをニセコへと惹きつける動機は、単なるリゾート地としての魅力だけではない。取材に応じた中国人投資家は、その核心を隠すことなく語る。

「我的地是雪是在全世界 number one」 (私の土地の雪は世界一だ)

最高の雪質という唯一無二の価値を確信した上で、彼らはニセコの土地を純粋な投資対象として見なしている。

「就跟股票一樣知道嗎就要買」 (株と一緒で、買わなければならない)

この言葉は、ニセコの土地が将来的に価値を増す「株」のような資産であるという認識を明確に示している。それは単なる保有目的ではない。「土地を開発した上でさらに別の外国人らに売り利益を出したい」と語るように、短期的な開発と転売による利益確定を狙う、極めて投機的な動機がそこにはある。しかし、この「株」を最短で現金化しようとする衝動は、地域社会が長年培ってきたルールや慣習をいとも簡単に踏み越えていくことになる。

開発の最前線で起きる問題:無許可伐採と住民の不安

急増する開発プロジェクトは、地域社会との間に具体的な摩擦を生み出している。その根底にあるのは、日本の法律や地域のルールに対する認識不足、そして住民とのコミュニケーションの欠如だ。その象徴的な事例が、ある中国人事業者による無許可の土地開発問題である。

突然始まった伐採作業

20年以上ニセコに暮らすボブさんが異変に気づいたのは、半年ほど前のことだった。突如として重機が入り、看板一つないまま、鬱蒼と茂っていた木々が次々と伐採され始めたのだ。周辺では「4階建てのホテルが建つ」という噂が流れていたが、その時点で町からの建設許可は下りていなかった。近隣の店主も当時の混乱を次のように証言する。

「最初はね、労働者の方が日本語喋れないで。挨拶も何もないし、周りの家の軒下でご飯食べたりタバコ吸ったりみたいな。めちゃくちゃな状態だったんで、おかしいなと思って」

所在不明の事業者

住民の不安が高まる中、取材班はこの土地開発を進める事業者の登記上の住所である都内のビルを訪れた。しかし、ビルの案内板や郵便受けに該当する会社名は見当たらず、ビルの管理者に確認しても「当該の会社名は確認できませんでした」との回答。事業者の実態は、その所在地からは全くうかがい知ることができなかった。

この一件は、住民が抱く不信感を裏付けるのに十分だった。我々はさらに調査を進め、事業者の自宅を突き止め、直接話を聞く機会を得た。しかし、事業者に責任を問うと、その説明は地域の不信感をさらに煽るものだった。

問答で見る事業者側の主張

問:無許可で伐採を進めた理由は?

回答: 「作業は別の会社に委託していた。その会社が申請を出していなかったようで、私たちは知らなかった」と述べ、責任は委託先にあると主張した。

問:労働者のマナーに関する住民の不安については?

回答: 「迷惑なら警察に通報してほしい」としながらも、今後は住民説明会を開き理解を得たいと述べた。

事業者の説明は、責任の所在を曖昧にするものであり、地域住民との間に横たわる深い溝を改めて浮き彫りにした。この一件は、単なる個別のトラブルではなく、ニセコ全体が抱える、より広範な課題の兆候と言えるだろう。

地域社会への広がる影響:インフラ、治安、文化摩擦

一つの無許可開発問題は、氷山の一角に過ぎない。現在のニセコは、急激な発展の歪みとして、インフラの逼迫、治安への懸念、そして文化的な摩擦という、より深刻で広範な課題に直面している。

インフラの課題:深刻化する住宅不足

ニセコエリアでは、冬季に外国人労働者が急増することにより、慢性的な賃貸住宅不足と家賃高騰が大きな問題となっている。この需要に応えるため、国内の不動産会社が動き出した。現在、約1200人規模の共同住宅街の建設が計画されており、リゾートバイトのスタッフなどの受け皿となることが期待されている。これは市場のニーズに応える動きであると同時に、地域インフラが限界に近づいていることの裏返しでもある。

治安と安全への懸念

地域の急激な変化は、住民の安全感覚をも揺るがしている。データは、その懸念を裏付けている。倶知安町では、昨年発生した犯罪件数が過去5年間で最多を記録した。住民からは、特に交通ルールの無視に対する不安の声が上がる。

「(運転中に)右車線から左に曲がったり。事故とか、練習運転とか想像したら怖いなって」

日々の生活の中で感じる恐怖は、統計上の数字以上に、住民の心に重くのしかかっている。

根底にある文化摩擦と住民の真意

これらの問題の根底には、異なる文化や習慣を持つ人々が共存する上で生じる摩擦がある。しかし、地域住民の声に耳を傾けると、それは単純な排外主義ではないことがわかる。

「郷に入っては郷に従え、じゃないですけど」 「人差別とかそういうことじゃなくて、そこのルールをまだ守ってくれれば全然いい」

住民が求めているのは、排斥ではなく「尊重」だ。国籍を問わず、この地域で暮らす以上は共有されたルールを守り、互いに気持ちよく生活したい。それは、地域社会からの切実な願いなのである。経済的な利益と引き換えに、長年育まれてきた生活環境や安全が脅かされる現状に、ニセコは持続可能な発展の岐路に立たされている。

共存への道を模索するニセコ

北海道ニセコが経験している外国資本主導の開発ブームは、地域に大きな経済的恩恵をもたらす一方で、無秩序な開発、インフラ不足、治安への不安、そして社会的な軋轢といった深刻な副作用を生み出している。取材を通して見えてきたのは、事業者と住民の単純な二項対立の構図ではない。

この問題の核心は、グローバル資本の論理と地域社会のルールが衝突する際に、それを適切に調整する仕組みが追いついていない現実にある。行政による実効性のある規制や指導、そして事業者と住民、さらには異なる文化を持つ人々同士のコミュニケーションを円滑にする枠組みの構築が急務である。

ニセコが直面する真の課題は、「いかにして地域社会が、土地を住む場所ではなく、短期で転売される投機資産、つまり『株』としてしか見ないグローバル資本の破壊的な力と向き合うか」という点にある。経済発展と、その土地が本来持つ価値観や生活環境をいかにして守り、両立させるのか。ニセコの挑戦は、私たちすべてにその重い問いを投げかけている。

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