新型コロナワクチン接種後の健康被害の実態把握や被害者救済を求め、ワクチン問題研究会が国会に請願書を提出

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7月16日、一般社団法人ワクチン問題研究会は新型コロナワクチン(mRNAワクチン)による健康被害の調査や救済を求めて、約3万5,000人の署名と請願書を国会に提出した。

この数字は、単なる統計上のデータではない。そこには、学校を奪われた少年、職を失い寝たきりとなった親、そして家族を突然失った遺族たちの、血を吐くような慟哭と、科学的根拠を無視した行政への怒りが凝縮されている。これは、沈黙を強いられてきた「声」が、この国の腐敗したシステムの澱(おり)を暴き、社会のあり方に一石を投じるための狼煙(のろし)である。

「氷山の一角」に隠された、数字の重み

新型コロナワクチンの予防接種健康被害救済制度で厚生労働省が公表している数字は異常である。令和8年7月13日時点での認定件数は9,487件、死亡認定は1,076件に達している。これは新型コロナワクチン以外の日本国内全てのワクチン約45年間(1977年2月〜2021年12月)の認定件数3,522件、死亡認定151件を圧倒する数字だ。

予防接種後副反応疑い報告によれば、報告総数は6万7,000件を超え、重篤症例は9,325件以上、死亡症例は2,314件という、過去の薬害を遥かに凌駕する規模に達している。

複雑な申請制度そのものが患者を阻む障壁となり、また、医療機関からの報告すら行われない「埋もれた被害」が膨大に存在しているのではないだろうか。被害者の数は「氷山の一角」に違いないだろう。

新型コロナ対策として政府が投じた予算は、複数年度の補正予算・予備費を合算すると累計100兆円規模にのぼる。その一方で、接種後に健康被害を訴えた人々を救済する「予防接種健康被害救済制度」の運用実態には、看過できない課題が浮かび上がっている。

制度自体は機能しており、死亡が認定された場合には死亡一時金として1件あたり4,530万円が支給されるなど、一定の救済は行われている。しかし申請の約7割は否認されており、被害を訴えても救済に至らないケースが大半を占めているのが実態だ。

巨額の対策予算のうち、被害者救済に直接充てられた予算がどの程度の規模にとどまっているのか、また否認率の高さの背景にどのような審査基準があるのかは、今後さらに検証が必要な論点だ。

「ワクチン」ではなく「遺伝子製剤」

コロナ禍において、私たちが「ワクチン」という聞き馴染みのある言葉で受け入れてきたものの正体は、実際には従来型の予防接種とは似て非なる「遺伝子製剤」であった。京都大学名誉教授の福島雅典博士は、その本質を極めてシンプルに表現している。

「これ(mRNAワクチン)はワクチンじゃないんです。従来のワクチンじゃないんですね。遺伝子製剤です。」

この「ラベルの貼り替え」こそが、すべての悲劇の元凶である。遺伝子製剤であれば当然義務付けられるべき「体内動態試験(薬物がどこに分布し、いつ消失するか)」を、ワクチンという看板を掲げることで卑怯にもすり抜けたのだ。必要な安全性試験を免除したまま、人類史上初の大規模な「人体実験」を強行した行政プロセスは、科学への冒涜であり、国民に対する背信行為に他ならない。

アクセルだけでブレーキがない仕組み(科学的欠陥)

新型コロナ対策として使われたmRNAワクチン(遺伝子製剤)の構造的な欠陥は、その「制御不能性」にある。脂質ナノ粒子(LNP)に封入されたmRNAは、筋肉注射という局所的な想定を超えて全身の臓器に浸透する。

問題は、どの臓器で、どれだけの期間、異物であるスパイクタンパクを作り続けるのか、設計図に「ブレーキ」が存在しないことだ。最新の知見では、接種から3年を経過してもなおスパイクタンパクが作られ続けている事実が判明している。

そして自己免疫の暴走という欠陥。自分の細胞が異物を作り続け、それを自らの免疫系が攻撃するという論理的破綻。これは「自己免疫疾患」を引き起こすための装置を体内に埋め込んだも同然である。

日本における最初の犠牲者は誰であったか覚えているだろうか?この無謀な計画の「実験台」とされたのは、真っ先に接種を強いられた医師、看護師、薬剤師たちであった。彼らの多くが職を失い、今も後遺症に喘いでいる事実を、国は冷酷にも無視し続けている。

ビタミンD不足という意外な突破口

絶望の淵にある患者に対し、「科学的突破口」が提示された。ワクチン後遺症(後遺症状群)に苦しむ患者の多くが、深刻なビタミンD不足に陥っているという臨床研究の結果である。

福島教授によると、通常の保険診療で測定される「1,25-D」は、体内の恒常性によって一定に保たれるため、真の欠乏を見逃してしまう。「25-OH ビタミンD」を測定し、サプリメントで補充を行うことで、慢性疲労の診断基準から脱却できるほどの改善を見せる事例が相次いでいるという。

高価な新薬や特殊な治療ではなく、基本的な栄養状態の補正という「足元」に救済の鍵があったことは、被害者にとって文字通りの光明だ。

憲法16条(請願権)

第十六条何人も、平穏に請願する権利を有し、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる不利益な処分も受けない。

救済を求める声に対する政治の対応は、卑劣極まるものだった。「チーム未来」「公明党」「共産党」といった政党は、憲法上の権利であるはずの請願を拒絶、あるいは欺瞞的な回答に終始した。かつて救済法案を掲げた立憲民主党も、今や再提出の熱意を失い、政治は死に体となっている。

しかし、この暗雲を切り裂いたのは、日本国憲法第16条が保障する「請願権」の行使だった。特定の政党の利害を超え、参議院の北村晴男議員(日本保守党)、衆議院の市村浩一郎議員(日本維新の会)の協力により、請願は受理され、国会へ届けられたのだ。

政府の「重大な懸念はない」という定型句と、生活を破壊された個人の現実。この乖離を埋めるのは、もはや政治の慈悲ではなく、国民による主権の行使のみである。

私たちは「誓いの碑」を直視できるか

厚生労働省の玄関前には「誓いの碑」が鎮座している。サリドマイド、薬害エイズ、そして700名の命を奪ったイレッサ。繰り返される薬害の歴史を猛省し、「二度と繰り返さない」と刻んだ石碑の墨が乾かぬうちに、彼らは再び、それも過去最大規模の薬害を招き寄せた。

福島教授が繰り返し訴えかける「事実を事実として認めること」——これこそが、崩壊した科学と行政の信頼を再建するための唯一の出発点である。この問題を「自分とは無関係な他人の不運」として切り捨てることは、この国の民主主義と法治の形を根底から否定することに等しい。

私たちは、ブレーキを失い加速し続けるこの社会の共犯者であり続けるのか。それとも、目の前にある残酷な事実を直視し、人としての誠実さを取り戻すのか。今、試されているのはmRNAワクチンの是非以上に、この国に生きる私たちの「魂の在り方」である。

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