クリーンエネルギーの影で消えゆく命、風力発電が日本の猛禽類(オオワシやオジロワシなど)に与える致命的な脅威「バードストライク」

社会
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クリーンで持続可能な未来を象徴する風力発電。その巨大な白い風車がゆっくりと回る風景は、環境への配慮の象徴として肯定的に捉えられがちです。しかし、野生生物保護の現場から見れば、その回転するブレードの影には声なき悲劇が繰り返されています。オオワシやオジロワシといった、日本の空の生態系の頂点に君臨する希少な猛禽類が、その命を無残に奪われているのです。

この記事は、風力発電という再生可能エネルギーがもたらす野生生物への深刻な影響、特に「バードストライク」という不都合な真実に光を当てます。これは単なる不幸な事故ではありません。生態系に回復不能なダメージを与えかねない、人間社会による早急な対策を必要とする喫緊の課題なのです。

深刻化するバードストライク:見過ごされた犠牲の実態

再生可能エネルギーへの移行が世界的に加速する中で、風力発電施設の建設は急速に進んでいます。しかし、その一方で、これらの施設が鳥類、とりわけ大型の猛禽類にとってどれほど深刻な脅威となっているかについては、まだ十分に認識されていません。今、私たちが直視すべきは、クリーンエネルギー開発の裏で静かに積み上げられている、見過ごされた犠牲の数々です。

1.1. 驚愕の統計データ

具体的な数字は、問題の深刻さを何よりも雄弁に物語ります。猛禽類医学研究所が把握しているだけでも、その被害は看過できないレベルに達しています。

2023年8月現在、北海道だけで103羽の海ワシ類(オオワシ5羽、オジロワシ98羽)が、風力発電機のブレードとの衝突によって収容されました。

この数字は、私たちが保護すべき絶滅危惧種が、人間が作り出した新たな脅威によって命を落としているという動かぬ証拠です。

1.2. 氷山の一角

さらに深刻なのは、この公式に記録された103羽という数字が、全体の被害のごく一部に過ぎないという事実です。当研究所が独自に行っている現地調査では、公式報告に上がってこない海鳥や、さらには希少種以外の鳥類の事故も確認されています。

広大な土地に点在する風力発電施設周辺で、すべての犠牲個体を発見し、回収することは物理的に不可能です。したがって、報告・回収されている被害鳥は文字通り「氷山の一角」であり、実際の事故発生数はこれをはるかに上回ると考えざるを得ません。これは、私たちが認識している以上に、生態系への圧力が静かに、かつ急速に増大していることを意味します。

1.3. 日本だけの問題ではない

このバードストライクという問題は、日本特有のものではありません。風力発電が盛んな海外の地域においても、鳥類の衝突死は長年にわたり深刻な環境問題として認識されており、世界共通の課題となっています。

これらのデータが示すのは、単なる数字の羅列ではありません。それは、生態系の重要な構成員であり、生物多様性の象徴でもある猛禽類が、私たちの目の届かない場所で静かに、しかし確実に失われ続けているという危機的状況そのものなのです。

衝突の結末:生存を許さない破壊力

風力発電機との衝突、すなわちバードストライクは、単に「事故」という言葉で片付けられるような事象ではありません。それは、高速で回転する巨大なブレードがもたらす、極めて致死性の高い破壊的な出来事です。衝突が鳥類に与える物理的ダメージは極めて深刻です。

2.1. 「致死性の高い事故」の定義

私たちがバードストライクを「致死性の高い事故」と認識するのには、明確な科学的根拠があります。収容される個体の状態が、その事実を客観的に示しています。

• 発見される個体の多くが死体であること。

• そして、その死体のほとんどにおいて「体躯や翼部の離断が確認される」こと。

高速回転するブレードの一撃は、大型猛禽類の強靭な体さえも一瞬で引き裂くほどの破壊力を持っています。翼をもぎ取られ、胴体を切断された姿で発見される亡骸は、衝突の破壊力の高さを物語っています。

2.2. 稀な生存者の過酷な運命

衝突を生き延び、生きたまま収容される個体は極めて稀ですが、その多くは近年増加傾向にある小型風車との衝突事例です。しかし、彼らが幸運だったとは決して言えません。たとえ一命を取り留めたとしても、その多くは翼や嘴といった、生きていく上で不可欠な部位に致命的な傷を負っています。

これらの傷害は、野生環境で生きる彼らの能力を根こそぎ奪います。

• 移動能力の喪失: 骨折した翼では、空を飛んで移動することはできません。

• 採餌能力の欠如: 砕かれた嘴では、獲物を捕らえ、引き裂くことは不可能です。

結果として、彼らは自力で餌を得ることができなくなり、たとえ衝突の直接的なダメージを乗り越えたとしても、最終的には餓死に至るという二次的な脅威にさらされるのです。

バードストライクがもたらす直接的・間接的な影響は、かくも深刻です。この問題は、単に一羽一羽の鳥の死に留まるものではなく、個体群全体、ひいては種全体の存続を脅かす重大な生態学的危機へと直結しているのです。

絶滅への序曲:学習機会を奪う脅威の性質

バードストライクが、他の人為的な脅威と比較しても、種の存続にとって特に危険なのはなぜでしょうか。その答えは、この脅威が持つ特異な性質にあります。それは、生物が本来持つべき「適応」の機会を根本から奪い去ってしまうという、極めて厄介な特徴です。

3.1. 適応を阻む「致死性」

生物は本来、環境中の危険に遭遇した際、その経験から学び、行動を変化させることで適応していきます。例えば交通事故であれば、衝突を寸前で回避した個体や、軽傷で済んだ個体が「車は危険だ」と学習する機会があります。この「学習と適応」のサイクルこそが、種が新たな脅威を乗り越えて生き残るための鍵となります。

しかし、バードストライクにおいては、このプロセスが機能しません。

事故の致死性が極めて高いため、「危険に遭遇した個体が学習して次の行動を変化させる」という機会が与えられないのです。

最初の遭遇が、すなわち死を意味します。生き残って経験を次に活かす個体が存在しないため、風力発電機を「回避すべき危険」として学習する機会が、個体群全体から失われてしまうのです。

3.2. 希少種への加速する影響

この適応機会の欠如は、特にオオワシやオジロワシのような、もともと個体数の少ない希少種にとって致命的な意味を持ちます。

個体数が豊富な種であれば、一部の個体が犠牲になっても、種全体として持ちこたえる余力があるかもしれません。しかし、希少種にとっては、一羽一羽の死が種の存続可能性を直接的に削り取っていく行為に他なりません。学習による回避行動が広まらないまま、個体だけが一方的に失われ続けることで、種の回復力は着実に蝕まれ、絶滅への道を加速させてしまうのです。

結論として、風力発電によるバードストライクは、単なる偶発的な事故の連続ではありません。それは、生物側の適応を許さず、希少種の絶滅を体系的に促進する危険なメカニズムとして機能しているのです。だからこそ、人間社会側での早急かつ根本的な対策が、今まさに求められています。

求められる対策:計画段階での英断こそが最重要

この深刻な問題に対し、これまでも様々な対策が検討されてきました。しかし、その多くは対症療法的なものに留まり、根本的な解決には至っていません。被害が拡大し続ける今、私たちは小手先の対策ではなく、より本質的で効果的な解決策へと舵を切る必要があります。

4.1. 既存対策の限界

これまで主に検討されてきた対策には、以下のようなものがありますが、それぞれに限界があります。

• 視認性の向上策: ブレードの一部を黒く塗るなど、鳥から風車を認識しやすくする工夫が考案・採用されています。しかし、これらの対策は衝突リスクを完全にゼロにするものではなく、根本的な解決には至っていないのが現状です。

• 設置後のブレード塗装: すでに設置された風力発電機のブレードに着色を施す対策は、一定の効果があるものの、実行には大きな費用が必要となるという現実的な課題に直面します。全ての既存施設に適用するのは、経済的な観点から非常に困難です。

4.2. 最も重要かつ効果的な解決策

対症療法的な対策の限界が明らかになる中で、私たちが最も重要かつ効果的であると考える解決策は、極めてシンプルです。

開発計画の段階において、鳥類やコウモリ類の重要な生息地には風力発電機を設置しない等の配慮を行うこと。

これこそが、生態系への不可逆的なダメージを「未然に」防ぐ、唯一にして最善の方法です。問題が発生してから多大なコストをかけて対策を講じるのではなく、そもそも問題が発生するリスクの高い場所を計画段階で回避する「事前の配慮」、すなわち適切なゾーニングが不可欠なのです。

技術的な工夫に頼るだけでは、この問題は解決しません。真の解決策は、エネルギー政策と環境保全の計画を初期段階から統合し、「予防原則」に立って賢明な立地選定を行うことにあります。未来のエネルギーを確保することと、かけがえのない野生生物の命を守ることは、決して二者択一であってはならないのです。

未来のエネルギーと野生の共存のために

風力発電がもたらすバードストライクの脅威は、クリーンエネルギー推進という大義名分の下で見過ごされがちな、しかし極めて深刻な環境問題です。特に、国の天然記念物でもあるオオワシのような希少な猛禽類にとって、その影響は種の存続そのものを揺るがす危機的なレベルに達しています。

これまでの議論で明らかになったように、衝突事故の圧倒的な致死性は、生物が本来持つ学習と適応の機会を奪い、種の絶滅を静かに後押しします。そして、ひとたび設置されてしまった施設への対策には限界があり、最も効果的で賢明な対策は、問題が発生する前、すなわち計画段階で野生生物の重要な生息地を尊重し、建設を回避することに尽きます。

この問題の解決は、特定の誰かに委ねられるものではありません。エネルギー開発事業者、国の政策を決定する人々、そしてクリーンなエネルギーの恩恵を受ける私たち市民一人ひとりが、この不都合な真実の当事者です。

未来のエネルギーを確保する努力と、太古から続く野生の営みを守る責任。その両立を目指し、真に持続可能な社会を実現するために、私たちには今、賢明な選択を行うことが強く求められています。

参照情報

※一部、刺激的な画像がありますのでご注意ください。

バードストライク(風力発電機と鳥類の衝突事故) - 猛禽類医学研究所
増加するプロペラ型風力発電機と鳥類の衝突事故 ここ数年風力発電機が急増し、鳥類が衝突する事故が多発しています。
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