日々の買い物で賢くポイントを貯める「ポイ活」は、いまや都民のライフスタイルに深く根付いています。そんな中、東京都が満を持して投入したのが、東京都公式アプリ、通称「東京アプリ」です。
2025年1月、小池百合子都知事は「デカい都庁が、それぞれのポケットに入る」というビジョンを掲げ、大々的なキャンペーンを打ち出しました。しかし、1万1000円分という破格のポイント付与に沸く一方で、専門家やITリテラシーの高い層からは「目的が不透明」「実用性に欠ける」といった厳しい指摘が相次いでいます。この「ポケットの中の都庁」の無駄を見ていきましょう。
ポイントの原資は「私たちの税金」という冷徹な現実
2月2日から開始された「東京アプリ生活応援事業」は、15歳以上の都民であれば1万1000円分ものポイントが受け取れるという、一見すれば非常に魅力的な内容です。
しかし、この潤沢なポイントの原資は、言うまでもなく都民が納めた「税金」です。
高額なインセンティブでユーザーを誘引する手法は、民間サービスでは一般的ですが、そのコストを負担しているのが利用者自身であるという事実は、行政サービスとしての健全性に疑問を投げかけています。
縦割り行政の壁。「都庁」に用事がある都民はほとんどいない
小池知事は「都庁をポケットに」と語りますが、ここに行政のデジタル化(DX)における決定的な認識の乖離、いわゆる「UI/UXのミスマッチ」が存在します。
住民票の写しの取得、健康保険や年金の手続き、引っ越しの届け出といった生活に密着した行政サービスのほとんどは、区役所(特別区)が窓口です。現状、東京アプリはこうした区とのシステム連携がなされておらず、連携はあくまで「将来的な予定」に留まっています。
都民が都庁ビルを見上げることはあっても、その門をくぐることはあっても一生に数回でしょう。なぜなら、都民の人生にまつわる面倒な手続きは、すべて近所の区役所で片付いてしまうからです。
都民にとって最も身近な「区」を置き去りにしたまま「都」のアプリを普及させようとする姿勢は、まさに「縦割り行政」の弊害そのものと言えるでしょう。
ポイントを稼ごうとすると「赤字」になるという矛盾
キャンペーン終了後も、社会貢献活動やボランティアへの参加でポイントが付与される仕組みが用意されています。しかし、付与されるのは1回につき100〜500ポイント程度。
ここで論理的なコスト計算をしてみましょう。会場までの交通費は原則として自己負担です。数百円の電車代を払って移動し、数時間の活動を経て得られるのが数百円分のポイント。これでは「ポイ活」としての経済合理性は完全に崩壊しており、参加すればするほど家計が赤字になるというパラドックスが生じています。
予定されていた「行政手続き機能」の実装見送り
最も深刻な問題は、アプリの「道具としての価値」が置き去りにされている点です。当初の計画(2024年3月時点の報道)では、「2024年秋にはアプリ上で行行政手続きが可能になる」とされていました。しかし、2025年2月現在、その機能は未だ実装されていません。
本来、行政アプリに求められるのは、煩雑な手続きを指先一つで完結させる「利便性」であるはずです。しかし、中身を伴わないままインセンティブ(ポイント)だけを先行させた現在の姿は、サービスデザインにおける優先順位を完全に見誤っていると言わざるを得ません。「なんのためのアプリか見えない」という批判は、この機能不全を突いたものです。
1万1000ポイントの先に、私たちは何を見るのか?
ポイント付与という「アメ」によって、アプリのダウンロード数は一時的に跳ね上がるでしょう。しかし、インセンティブが枯渇したとき、そこには何が残るのでしょうか。
23区との連携を欠き、実用的な行政手続きもできないままでは、このアプリはスマートフォンのストレージを占拠するだけの「デジタル墓場」に送り込まれる運命にあります。
税金を投じて作られたこの「ポケットの中の都庁」は、本当に私たちの生活を豊かにし、行政との距離を縮めるツールへと進化できるのでしょうか。それとも、単なる一過性のバラマキ装置で終わってしまうのでしょうか。私たちは、付与されたポイントの金額以上に、このアプリが提示する「行政の未来像」を厳しく監視していく必要があります。

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