イラン駐日大使、セアダット氏「日本の船舶はホルムズ海峡を通過させるよう調整」戦争終結に向け、友好国・日本に求めること

経済
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アメリカとイランの停戦交渉をめぐる情報が錯綜する中、イランのペイマン・セアダット駐日大使に読売テレビが単独直撃インタビューを行いました。アメリカ・イスラエルによる攻撃開始から約1か月が経過した現在、イランは日本との長年の友好関係を背景に、日本にどのような役割を期待しているのでしょうか。

ホルムズ海峡の現状と日本の船舶について

イランは現在、ホルムズ海峡を事実上封鎖しています。アラグチ外相は「我々の敵やその同盟国に対してのみ封鎖されている」と説明しています。

セアダット大使は、日本の船舶の通過について次のように述べました。

「日本のような友好国やその他の国々は、連携を取りながらホルムズ海峡を通過させるよう調整しています。最近、インド、パキスタン、トルコなどの国々と調整して、いくつかの船舶の通過が実現しました。このように通過の調整は行われていますが、我が国と戦争状態にある敵対勢力は、通過させません。イランが海峡を戦場に変えたのではなく、アメリカが戦場にしたのです」

また、先の日米首脳会談で高市早苗首相がトランプ大統領に対し、「ホルムズ海峡の安全確保のための自衛隊艦船派遣は憲法9条により難しい」と説明したことを評価。

「高市首相が憲法上『私たちにできることと、できないことがある』と指摘したことは、極めて重要な点だと思います。アメリカが一方的に国際社会を巻き込んだ今の状況に、日本は加担しないようにする姿勢を示したのだと思います」 と語りました。

日本とイランの長い友好関係の歴史

日本とイランは、石油や文化面で深い絆を築いてきました。

  • 1953年:日本のタンカー「日章丸」が、イラン産原油を世界で初めて輸入。当時、イランが石油を国有化したことにイギリスが反発し海上封鎖を行った中、日章丸は監視網をくぐり抜け、イラン国民から好感を持たれました。
  • 1973年:第四次中東戦争によるオイルショック時、田中角栄政権は中東諸国との独自外交を展開し、危機を乗り切りました。この頃、国の石油備蓄制度も整備されました。
  • 1980年代(イラン・イラク戦争中):日本のドラマ『おしん』がイランで放送され、視聴率90%超を記録。勤勉で不屈の精神を持つおしんの姿が、戦争中のイラン国民の心情と重なり、大きな共感を呼びました。

セアダット大使は『おしん』について、「『おしん』は、80年代、サダム・フセインとの戦争中にイランのテレビで放送されました。おしんは勤勉で不屈の精神を持つ女性です。それが戦争中の私たちの不屈の精神と重なり合ったのです」 と振り返っています。

3月26日には、セアダット大使が自民党の「日本・イラン友好議員連盟」総会に出席。会長を務める岸田文雄元首相は、
「日米同盟を基軸としながら伝統的な友好関係を維持してきたイランとの関係、このバランスをしっかりとりながら、国益をどう守っていくのか」 と述べています。

イランが日本に求めること

セアダット大使は、日本が広島・長崎の原爆投下という悲惨な戦争体験を持つ国であることに触れ、次のように期待を述べました。
「日本は広島と長崎への原爆投下という最も悲惨な戦争を経験した国であり、これは人類史において最も悲痛な出来事の一つです。だからこそイランを含む世界中の人々が、日本国民、とりわけ被爆者に対して、これほどの共感を寄せているのです。日本は今、国際社会の先頭に立って、ほかの国々と共に、外交によって、この戦争を終わらせることができると思います」

参照情報

【直撃】「日本の船舶はホルムズ海峡を通過させるよう調整」イラン駐日大使が語る―戦争を終わらせるために友好国・日本に求めること(読売テレビ) - Yahoo!ニュース
アメリカとイランの停戦交渉をめぐる情報が錯綜する中、イランのペイマン・セアダット駐日大使に単独インタビューを行いました。長きにわたり、日本と友好関係を築いてきたイランは、先の日米首脳会談をどう評価

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